盗人に逢ふたよも有年の暮  芭蕉

盗人に逢ふたよも有年の暮  芭蕉

◯貞享五年(元禄元年)作。庶民の年末はあわただしい。西鶴の『世間胸算用』にそのさまが活写されている。借金をかかえる者はあの手この手の策略を用い大晦日を乗り越えようとする。もっと悪質な手段に及ぶものもいるだろう。

芭蕉の家に盗人が入った夜があった。歳末になってそのことを懐古する句。批難や慨嘆の調子は見られず、むしろゆかしくおもっている。盗むに値する物もないわびしい芭蕉庵に侵入した、盗人のこまった顔がおのずとおもいうかぶ。「よ」は「夜」のことだろうが、同時に「世」の意も共鳴している。前回紹介した「冬籠りまたよりそはん此はしら」と同時期の作で、ともに心おだやかな芭蕉のすがたがある。この翌年の三月、芭蕉は門弟の曾良と東北へ旅する。奥の細道である。嵐のまえのしずけさを思わせる年の暮。

みなさんも良いお年を。

Follow me!