思ふことさしてそれとはなきものを秋の夕べを心にぞ問ふ 宮内卿
思ふことさしてそれとはなきものを秋の夕べを心にぞ問ふ 宮内卿
訳)おもい憂えること
とりたててあるわけでは
ないはずなのに。
秋の夕べというものはなんなのでしょう
こころに独り問う
○『新古今和歌集』巻四、秋上。女性の歌人が必要だと後鳥羽院はその捜索にあたり、みつかったひとりが宮内卿だった。俊成女と対をなす才媛である。鴨長明の『無名抄』にこんな逸話がある。歌会が近づくとふたりはおのおの勉強をはじめる。俊成女はひととおり確認したら本を閉じてしずかに想を練る一方、宮内卿はずっと書をひらき、「かつがつ書き付け書き付け、夜も昼もおこたらずなむ案じ」たという。なんだか現代にも通ずる話だ。天才と秀才。宮内卿はいささかガリ勉タイプだったのかもしれない。宮内卿は二十前後の若さで死去する。長明も、和歌に熱意をそそぎすぎるあまり無理が祟ったのではないかと悔やんでいる。
「秋の夕べ」は、和歌の世界では言わずもがな淋しい時節である。さして思いなやむこともないのに、なぜか憂わしい気分にさせる秋の夕べとはなんなのか、作者はひとり自問をする。あっさりしたうただが、味わい深い。