うちひさす宮道を人は満ち行けど我が思ふ君はただひとりのみ  柿本人麻呂歌集

 

うちひさす宮道みやぢを人は満ち行けどふ君はただひとりのみ  柿本人麻呂歌集 二三八二

 

訳)

ウチヒサス

宮殿へとつづく道に

人びとが満ちていますが

わたしが想うきみは

ただひとりしかいないのです

 

○『万葉集』巻十一。正述心緒。「うちひさす」は枕詞で、日が照り差すさまから「宮」「都」にかかる。「宮道」は、宮殿へつづく道。純真素朴で、これぞ正述心緒という恋のうた。正述心緒歌は、ただにおもいをのぶるうた、のこと。はなやかな道をはなやかな人びとがひしめいて歩いている。作者はじっとそのさまを見ていよいよひとりの顔がおもい浮かんでくる。群衆にもまれたときの孤独には、その人をその人たらしめている個性が剥ぎとらされ集団におのずから組み込まれてゆく力学のおぞましさ、そして自分もその生成に参加させられているという不安がある。もちろんこうした解釈はいくぶん近現代における群衆像ではあるが、この不安は人間に通底しつづけた感情であろう。ひとりでいるときよりも、群衆にまぎれているほうが余計ひとりになる。さらに深刻なひとりになったとき、ひとりの人をおもうのは古今かわらない。

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