馬追虫の髭のそよろに来る秋はまなこを閉ぢて想ひ見るべし   長塚節

 

馬追虫うまおひひげのそよろに来る秋はまなこを閉ぢて想ひ見るべし   長塚節(1879~1915)

 

○明治四十年「初秋の歌」より。「馬追虫」はバッタの一種で、「すいーちょん、すいーちょん」と鳴く。都心では聞かない。おのずと田舎の夕暮れが思い浮かぶ。上の句が妙で、その馬追虫の長いひげにそよそよとすずしい風がふき、草と草がふれあいかそけき音が鳴る。もちろん馬追虫も鳴いているのだろうが、敢えて描写しないことでうたは細みを得ている。「馬追虫の髭の」は序詞として機能している。しかし、たんなる修辞にとどまらず、それは現実以上の現実として読む者に働きかけてくる。まなこを閉じてあたりに耳を澄ますと、風の音、草の音、そして虫の啼く音がきこえる。しかしそうした音がうすれてゆき、いつのまにか草むらのなかにひそむ馬追虫へ、それもその長いひげにピントが合わさってゆく。そのとき、われわれはこのうたが音に耳をすましたうたでなく、小さな生きものの存在を繊細に感じそしてみつめている視覚のうたであると気がつく。目を閉じて視るという行為。古典のしらべを基調としつつあらたな美を創造した名歌。

 

 

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