山里のそともの岡の高き木にそぞろがましき秋蝉の声 西行
山里のそともの岡の高き木にそぞろがましき秋蝉の声 西行
訳)山里の
陰ふかき岡の
高い木の上に
なにとなく心をぞわぞわさせる
秋蝉の声
○『山家集』上、秋。詞書「山里に人々まかりて秋の歌よみけるに」。「そともに(背面)」は、山の陽のあたらない方面、すなわち北側。「そぞろがまし」は、なにとなくこころをひかれる様子のこと。詞書、うたの調子からみて即興的に詠んだのだろう。陽のささない翳りある山腹にのびる高木、そこからすがたこそ見えないが蝉の声がきこえる。秋になってもなお命長らえて鳴いているさまをおもうと、こころは落ちつかない。「情緒深い」といった微温的な感情ではなく、おののきをふくむ共感を「そぞろがまし」と表したのだろう。「がまし」には否定的なニュアンスがある。秋蝉の声からは死がにおってくる。「そとも」「高き木」「秋蝉」といったことばが自然と連鎖して、静的でありながら凄みのあるけしきを醸しだしている。