筑波嶺のをてもこのもに守部すゑ母い守れども魂そあひける 常陸国歌
筑波嶺のをてもこのもに守部すゑ母い守れども魂そあひける 東歌・常陸国 三三九三
訳)筑波山の
あちらこちらに
番人を据えて
母はわたしを監視する。けれど
たましいはもう出会ってしまったのです
◯『万葉集』巻十四。「をてもこのも(彼面此面)」は、あちらこちら。「守部」は番人。「い」は、動詞について口調をととのえ意をつよめる接頭語。通い婚の当時、男女の最大の障害のひとつは女側の母親だった。男は、母の目を盗んでどうにか女に会おうとした。女は、男が来ないのを嘆き、または周囲に密事がばれることをおそれた。
汝が母に嘖られ我は行く青雲の出で来我妹子相見て行かむ 三五一九
(おまえの母に叱られて、おれは帰るよ。アヲクモノ出て来い、我が妻よ。一度会ってから帰ろう)
たらちねの母にも告らず包めりし心はよしゑ君がまにまに 三二八五
(タラチネノ母にも告げず隠していた心、ええままよ、どうぞあなたの思うがままに)
たらちねの母が飼ふ蚕の繭隠りいぶせくもあるか妹に逢はずて 二九九一
(タラチネノ母が飼っている蚕の繭、かくのごとくつつまれ隠されているあなたに逢えず、こころがやきもきする。)男のうた。
古代の「魂」という語を、現代の感覚でとらえようとするのは危うい。それは、霊力をもって万物を生かしまたは死たらしめる存在であった。男女の恋愛において、互いにあえないとき、それぞれの魂が遊離しふたつがめぐりあうと、相手のすがたが夢にあらわれた。このうたでも、女は夢のなかで男のすがたをみたのだろう。目が覚めたとき、床のなかで、女はひとりこの秘事を胸にあじわっていたであろう。