来て見れば長谷は秋風ばかりなり 夏目漱石
来て見れば長谷は秋風ばかりなり 夏目漱石(1867〜1916)
◯明治30(1897)年の作。「長谷」は鎌倉市長谷のこと。かの鎌倉大仏のあるところ。秋風のさびしさとひと気ない長谷の情趣深さがあいまって、どこか滑稽味を含みながら読み手にせまってくる。西に京都ありというなら、東には鎌倉がある。公家と武家、それぞれが築いた歴史・文化の高雅な残り香はいまもかすかに保たれている。この句は「長谷」という地名によって生命を得ている。芭蕉の「ゆく春を近江の人と惜しみける」における「近江」と同じように、その土地のもつ霊気といおうか匂いといおうか、ほかの地名では替えがきかない特徴がとらえられている。
このような、おっとりとしていてふくらみのある句は漱石の得意としたところ。「来て見れば」とは、藝術意識の高い者には言えない。
冷やかな鐘をつきけり円覚寺