小さき山羊飼ふ空想もいつからかしばし語りて先に妻が笑ふ 近藤芳美
◯『静かなる意志』(1949)所収。どこか牧歌を匂わすようで微笑ましい一首。犬でも猫でもなくヤギであるところに、このうたの生命があり、同時に作者の人柄がかいま見える。ときおりじぶんの胸にひらめいたたのしい空想を、気がつけば妻に話していた。それも回数が重なってゆき、話はじめるやいなや「またその話」と妻がわらう。戦争に敗れて数年、作者のうたの多くは悲劇的な色調をおびているのだが、このうたはめずらしくゆとりを感じさせてくれる。いや、よく読めば作者のため息がまじっているのに気がつく。作者と妻のこころよい関係が目にうかぶので、一首がやわらかな印象をあたえるのだろう。
戦ひの予感の中に皆生きてありとも思ふ夜の街の雨
早く歳をとりたしと言ふ妻のことば夜は互ひに何に疲れて