海の子は高き帆桁に跨がりぬ雲にまがひしいさな船かな   吉井勇

◯『酒ほがひ』(1910)所収。「海の墓」より。「いさな」はクジラの古称。「いさな船」は作者の造語のようだが、捕鯨船のことだろう。吉井の父は海軍の軍人で、職を辞したあとは捕鯨会社につとめたこともあり、その影響がこの連作に色濃くあらわれている。海洋ロマン小説をおもわせるこの連作(全45首)は、おそらく父の談話などから空想をおりまぜて成ったのだろう。今回のうたも、空想のうたにはちがいないが、その景色の雄壮さとしらべの風とおしのよさは無類だ。「海の子」が帆桁にまたがり、雲にもとどかんばかりの高さから海を一望している。誇張を誇張と感じさせない言葉えらびは、作者生来のしらべの高さによるのだろう。

眇目の老いたる水夫(かこ)の恋がたりその甲板の椰子の実も泣く

(眇目は、片目・隻眼の意)

かなしげに帆桁のうへに歌ふ子よまた函館の女おもふや

虚無の子は君をおもはず酒杯(さかづき)を砕きて去りぬ海のあなたに

眠りたる顔に微笑もうかび来ぬ密漁船の船長(ふなをさ)のゆめ

何おもひ錨に凭るやわかき水夫(かこ)海をはなるる新月を見て

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