海の底奥を深めて我が思へる君には逢はむ年は経ぬとも 中臣女郎
海の底奥を深めて我が思へる君には逢はむ年は経ぬとも 六七六 中臣女郎
訳)ワタノソコ
こころの奥底から
わたしがおもいをよせる
あなたにきっと逢いましょう
幾星霜を経ようとも
◯『万葉集』巻四。中臣郎女は伝未詳。「大伴宿祢家持に贈りし歌五首」のうちの一つ。ワタノソコは「奥(沖)」にかかる枕詞。「奥を深めて」は「沖が深いので」の意で、そこから心の奥深くの意となった。このような直截なうたをうたたらしめているのは、前半の枕詞からみちびかれるイメージのちから。ある心情が、自然界の事象とたくみに手をむすぶとき、それがありきたりなものであっても不思議な魅力が加わる。想うひとに何年経ようとも逢いたいという文言も、茫々たる海のけしきとその奥底のどろどろとしたおそろしさ、深さのイメージと重なりあうことで、ことばの広さと厚みが増す。ただし、こうしたイメージは類型に堕しやすい。このうたにもその気味はある。新たなイメージを創造するのは詩人に課せられたおおきな使命のひとつであろう。